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『インターセックス』 帚木蓬生 ~多様な性について言及した2008年出版作~【読書感想・あらすじ】

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インターセックス 装丁

『インターセックス』あらすじ

「神の手」と評判の若き院長、岸川に請われてサンビーチ病院に転勤した秋野翔子。そこでは性同一障害者への性転換手術や、性染色体の異常で性器が男でも女でもない、“インターセックス”と呼ばれる人たちへの治療が行われていた。「人は男女である前に人間だ」と主張し、患者のために奔走する翔子。やがて彼女は岸川の周辺に奇妙な変死が続くことに気づき…。命の尊厳を問う、医学サスペンス。
――本書より引用

読書感想

前作「エンブリオ」の続篇

物語としては、本作の次に前後して読んでしまった「エンブリオ」という作品の続きとなっている。

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インターセックスとは?

「インターセックス」という言葉は本作で初めて知ることとなった。

昨今、「ゲイ」「性同一性障害」といった単語が大手メディアを通じて語られることもあるが、日本で一般的な教育を受け生活をしていると公共のトイレや浴場は男女のみであり、周囲を見渡してみても一見男または女として生きている人が多いのではなかろうか。(もちろん例外はあると思う)

そうすると、人間の性は男女の2種類のみしか存在しないと認識するようになった人は少なくないであろう。私もそのひとりであった。

しかし、人間の実際は大きく異なるようだ。

物語は舞台となる病院で、染色体が46XX(女性)でありながら、ペニスと膣口、卵巣と精巣両方を持つ子供が誕生するところから始まる。

インターセクシュアリティとも言う。
真性の半陰陽の場合、出現頻度は十万人にひとりだ。日本では毎年百十万人ほど生まれるから、十人くらいの赤ん坊がそれに相当する。
――本書より引用
他の疾患も含めると、インターセックスの新生児は、千五百人にひとり、広義のインターセックス、つまり性器が曖昧な新生児は百人にひとり半と言われている。狭義としても、日本で毎年千人弱は生まれている計算になる。
――本書より引用

性同一性障害というのは、あくまで脳と性器の性が異なる症状であり、ある程度の知識はあった。

しかし、半陰陽、インターセックスという存在、日本国内だけでも毎年千人ほどが誕生している事実はまったく知らなかった。

インターセックスに関する医療の現状

小説として語られていることであるが、日本医療の現状としてインターセックスの場合、早期に外科手術で男女いずれかに収めるべきという認識に基づき、成長するまでに何度も性器を切り刻み、成人する頃には手術痕だらけになってしまうと語られている。

これに対し、主人公である女性医師は、自身の性は成長してから自身の意志で決めるべきだと主張する。

生物学的に性別は男女の2種のみに限定できるものではない?

主人公の医師と患者とのやり取りを通じ、インターセックスの方々の生活実態や、その心情などを知ることが出来る。

その中で、主人公がドイツのインターセックスの方たちによる自助グループに参加し、メンバーの一人が性の種別について語る場面がある。

インターセックスを三つに分けるのです。
hemというのは、染色体がXYでありながら、性器の外見は女性である人たちです。逆に染色体はXXであっても女性性器が欠如して男性化している場合はmemです。そして、男性器と女性器の両方をもっている人たちをhermとするのです。
maleとfemaleとhem、memそしてherm。この五つの性別にすれば、神がつくり出した少数派の人間であるわたしたちも、無理やりfemaleとmaleの二つに詰め込まれなくてすみます。
――本書より引用

人類が誕生した時点から性別は5種であったとするならば、なぜ、その後の人類は男女の2種のみの世界を作り上げるに至ったのか。

このことはまた個別に調べていきたい。

無知による差別的な振る舞いで誰かを傷つけてしまわないために、知る必要があると強く思う。

性差医療の重要性

本作では、インターセックス以外にも性差医療について語られている。

男女では心拍、脈拍、処方する薬の適量は異なるのに対し、実際の医療の現場、テキストはすべて男性がモデルとして進められているらしい。

性差医療は男女差を反映した医療行為を進めるものであるとのこと。

人類は性別を5種から2種に絞り、医療の世界ではさらに1種に絞っている。

これは医療以外の世界でも多く見られることであり、人の生死に関わる医療においては切実な問題であろう。

インターセックスを中心に、性差医療、前作の「エンブリオ」から続く問題を絡めて語られる話は、あまりに衝撃が大きく、消化するのにかなりの時間を要した。

また、物語はミステリの要素を含んでおり、これが衝撃を増す仕掛けとなっている。

自然物としての人間の姿とは

人間は森や海や他の生き物といった自然だけでなく、自分たち人間の自然性をも破壊し続ける存在なのだろうと考えさせられた。

ただ、自然の摂理を無視した行為はどうしてもどこかで行き詰まり破綻するのではなかろうか。

前作、本作からは、人間は自然界の摂理を超越することに対する警告と、「多様な性」という自然な姿の理解を強く望む著者のメッセージが感じられる。


著者について

帚木/蓬生
1947年生まれ。東京大学仏文科卒。九州大学医学部卒。93年『三たびの海峡』で第14回吉川英治文学新人賞、95年『閉鎖病棟』で第8回山本周五郎賞、97年『逃亡』で第10回柴田錬三郎賞、2010年『水神』で新田次郎文学賞を受賞。
――本書より引用

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