『悪童日記』 アゴタ・クリストフ 【読書感想・あらすじ】

2016/11/15

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あらすじ

戦争が激しさを増し、双子の「ぼくら」は、小さな町に住むおばあちゃんのもとへ疎開した。その日から、ぼくらの過酷な日々が始まった。人間の醜さや哀しさ、世の不条理――非常な現実を目にするたびに、ぼくらはそれを克明に日記にしるす。戦争が暗い影を落とすなか、ぼくらはしたたかに生き抜いていく。人間の真実をえぐる圧倒的筆力で読書界に感動の嵐を巻き起こした、ハンガリー生まれの女性亡命作家の衝撃の処女作。
――本書より引用

読書感想

読みどころ

  • 双子の男の子たちが躍動するアゴタ・クリストフの処女作で3部作の第1作目。
  • 本性が剥き出しとなる戦時下という特殊な状況下で繰り広げられるさまざまな人間模様。
  • 非常、無情が満ち溢れる世界にも関わらず何故かこみ上げてくる可笑しさ。

感動モノかと思いきや(ネタバレを含む)

タイトルから、やんちゃなガキがいろいろやらかすどこか懐かしさを感じさせる文学作品なんじゃないのと、勝手に思い込んで読み始めたのだが良い意味で裏切られる作品だった。

いつ、どこ、という記述はない。だが、戦時下であることはわかる。そして都市で暮らしていたまだ幼い双子の男の子たちが戦火が激しくなる都市部を離れ、空襲で母方の祖母の家に疎開する場面から物語が始まる。

この双子の男の子たちの名前はわからない。彼らは自分たちを「ぼくら」と言い、そして本作は彼らが書き残した日記という名の小編集といった体裁の作品である。

戦争かあ、大変だな、疎開か、おばあちゃんはケチで体も洗わんし、お母さんが送ってくれた荷物を勝手に売り飛ばすとか双子は苦労するな、でもやんちゃにやってくんだろ?「悪童日記」なんだし?とか思いながら読み進めていく。

しかし、隣の家に母親と暮らす女の子が犬とやっちゃてる場面が登場し、あれ?となり、だんだんと様子が怪しくなる。

剥き出しの多様な人々、躍動する双子

序盤謎めいた存在だった、おばあちゃんの家に間借りしている将校は、クールな軍人だと思いきや、双子に、自分を鞭で打ってくれ!小便を顔にぶっかけてくれ!とかドン引きするほどド変態であったり、出てくる人みなが本性丸出しの個性的な面々である。

戦時下という特殊な状況下では人間の持つ個々人の個性的な正体が剥き出し状態になってしまうのかもしれない。

そんな世界で双子たちは生きていかなければならない。彼らは盗むし脅すし殺しも含めなんでもやる。しかし、幼い子供が興味本位で万引きしちゃうのとは違い、広く知識を得て行動で経験を積むのだという意志的なものである。

非常に賢く、世界に取り込まれることもなく、サバイブする双子の姿は、読み進めていくうちに痛快なものへと変貌を遂げてゆくのがなんとも不思議な感覚である。

笑っちゃいけないという気持ちがあるのに笑ってしまう

また、戦時下で誰もが貧しく悲惨な世界の物語であるにも関わらず、ツッコミどころ満載のぶっ飛んだ人々の振る舞いに笑いが込み上げてくる。

双子や、暮らしが追い込まれた人々、戦争で高負荷を背負った軍人たちなど、みんな生きることに真剣だし、ド変態の将校だって規律厳しい戦時下の軍人ゆえなのだろうと思うのだが、真面目であればあるほどだんだん面白くなってしまう。

この笑いはそういった種の可笑しみであると思われる。

気になる続編

本編の各所に「注」があり、最後に訳者による説明が記載されている。

そこで、本作のシチュエーションが詳しく解説されており、また、作者はハンガリー出身で戦争体験者でもあり、本作の舞台となる小さな町と推察される場所で子供時代を過ごしていたことが明らかとなる。

双子たちが目の当たりにする剥き出し丸出しの世界というのは、著者が実際に子供のころに実際目にした光景であり、平穏で悪く言えばゆるい時間が流れる西側での暮らしの中で、強烈に記憶に刻まれた光景を80年代に入って蘇ってきた記憶なのかもしれない、そんなことを思い浮かべながら本書を閉じた。

何をするのも常に一緒で一心同体とも言える双子は物語の最後で一人は亡命、一人はおばんちゃんの家へと別れる。それは全く想像だにしない結末であり、あまりにもあっさりした描写で、突如とした結末だ。

続篇、気になるだろ?というあおり以外の何物でもないと思いつつ続篇「ふたりの証拠」を手に取る。

続篇の感想

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著者について

アゴタ・クリストフ
アゴタ・クリストフは1935年ハンガリー生まれ。1956年のハンガリー動乱の折に西側に亡命して以来、スイスのヌーシャテル市に在住している。
1986年にパリのスイユ社から世に送り出したフランス語の処女小説の本書によって一躍脚光を浴びた。その後、続篇にあたる『ふたりの証拠』(88) 「第三の嘘」(91) を発表して三部作を完成させ、力量ある第一級の作家としての地位を確立した。これらの作品は世界20カ国以上で翻訳され、数多くの熱心な読者を獲得した。中でも、日本では1991年に本書が翻訳出版されると、読書界に衝撃と感動の渦が巻き起こり、多くの文学者・作家・評論家から絶賛の声が寄せられた。1995年には著者自身が来日し、アゴタ・クリストフ・ブームが盛り上がり、クリストフ作品は1990年代にもっとも大きな反響を呼び成功した海外文芸となった。作品としては他に小説第4作『昨日』(95)、戯曲集『怪物』『伝染病』がある。
――本書より引用

訳者について

堀茂樹
1952年生、フランス文学者、翻訳家
訳書『ふたりの証拠』『第三の嘘』クリストフ
『シンプルな情熱』エルノー
(以上早川書房刊)他多数
――本書より引用

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