皇室制度―明治から戦後まで (岩波新書) 鈴木正幸 感想

皇室制度―明治から戦後まで (岩波新書) 鈴木正幸 感想

2015/01/05 21:20 neputa

スポンサーリンク

内容

  • 本書より引用
天皇と皇室の制度は明治期にどのように「創出」され、どのように展開・変容して、現代にいたったのか。明治憲法と皇室典範を中核とする法体系の成立事情と運用の実態を追い、民間の天皇論や国体論、皇室財産論議、戦後皇室制度の国会審議など、さまざまな興味深い論点を提示していく。気鋭の歴史家が日本近現代史の核心に挑む意欲作。

感想

特に皇室に対し格別な思い入れがあるわけではないが、 なんとはなしに読んでみた。
思い入れは無いと言いつつも、子供の頃より皇室の存在を認識する機会はあった。

身近における天皇、皇室の存在

私が通った小学校のグランドを囲うフェンスの向こうには大きな森が広がっていた。
その広大な森は「鴨場」と言い、全て宮内庁が管理する土地であった。

在学中、外国から来賓があり皇族と鴨猟を行う日などは、学校のチャイムや校内放送は一切禁止、普段小学生を支配する慇懃な教師たちも心なしか抑えた振る舞いとなり、子供心に皇室とは大した影響力を持つものだと感じていた。

卒業が近くなると、鴨場を見学する習わしのようなものがあり、中をあちこち見て回る機会に恵まれた。多くの野鳥が飛び交い、自然がどこまでも広がる豊かな場所であったのを今でも覚えている。

後に、その鴨場で皇太子が現在の雅子妃にプロポーズをしたと聞いた時は、水辺の周りにあった休憩場所などで思いを告げたのかと勝手な想像をしたものだ。

その後、中学を卒業し通った高校は皇居の間近にあった。志望動機を思い出せないことを考えると、かなりいい加減なものだったと思う。校庭が無いこじんまりとした学校だったので、体育の授業で皇居の外周約5キロの道のりを3年間走ったのをよく覚えている。

父親の兄は、歴代の総裁が皇族である済生会に勤めており、菊の御紋のお菓子屋記念品を子供の頃によくもらっていたのを書きながら思い出した。そういえば自分が生まれたのも東京三田の済生会中央病院であった。

こうやって振り返ると結構、皇室を身近に感じる機会があることに驚く。

あらためて感想

本の感想からだいぶ逸れてしまった。

内容は明治期に定められた皇室典範と、戦後、GHQの影響で大きくその位置づけと内容が変わった現在の皇室典範の比較を軸に、当時の時代背景や関係人物の証言を交えながら皇室制度の成り立ちとその後の変遷をまとめている。

明治以前については語られていないのでわからないが、皇室の方々の証言はほとんど登場せず、皇室は時の権力を掌握する者達にとって都合の良い存在であり続けたような印象を持つ。

興味深かったのは、戦後、天皇は現人神から人間になり、皇室典範は明治時代に天皇が自ら作成したという位置づけから、日本国憲法の下位法となった点である。
同じ日本国憲法の法のもとに生きる自分と同じ人間である、というのは随分と違和感を感じる。

男子しか後を継げないこと、結婚するにも本人たちの同意以外に手続きを要すること、退位や皇族離脱など自由意志で人生を選択てきないなどの制約が皇室典範には定められており、なんとも奇妙である。

もとより日本の法というのは厳密性に欠ける印象があるが、読後に感じるこの一層ちぐはぐな感じは何とも言いがたい。
皇室とはなんぞや?知的欲求をくすぐるテーマではある。

そうえいば大正天皇って

もう一つ気になったのは大正天皇の存在である。本書で簡単に記述があり、その存在を初めて知った。しかし、明治、昭和天皇に割かれたページ数に対し、数ページ程度で終わってしまっている。
興味深い本を見つけたのでまたの機会に読んでみたい。

スポンサーリンク
スポンサーリンク