少年法―基本理念から改正問題まで (中公新書) 澤登俊雄

少年法―基本理念から改正問題まで (中公新書) 澤登俊雄

2015/01/08 12:52 neputa

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内容

  • 本書より
少年犯罪は悪化しているのか。厳罰主義は本当に有効なのか。本書は、立法の基本理念や運用手続きの実際を解説し、改正問題の論点など少年法の将来を展望するものである。

感想

今年は小説ばかりでなく新書を手に取るように心がけようと買い求めたうちの1冊
少年事件が大きく報じられると耳にする「少年法」だが、その実はよく知らないというのが本作を手にとるキッカケであった。

ただ、1999年出版のため今世紀に入って以降の事件については影響を受けていない内容のため、まずは少年法の基礎を知ることができればと考えた。本作の内容は少年法の成り立ちと変遷、諸外国との比較、今後の課題をまとめた具合である。

まずは時代設定を1999年として、少年犯罪の発生状況を俯瞰する。
先の大戦以降の統計として、米英仏独と比較すると日本国の交通関係を除く少年による刑法犯罪の件数は非常に安定しているようだ。

近年経済的成功の模範ともなりつつあるドイツなどは一貫して件数が上昇しており、銃社会アメリカの殺人件数は目も当てられない。
これら諸国の状況と比較し、日本は横ばいが続き特に悪化、良化もない「安定」と評するのが適切なようだ。

ただし件数は安定していても、個々の事件による悲劇は安定しているから良いとされるものではない。
では、少年犯罪に対峙する少年法とはどんなものか。まずは少年法第一章・総則の第一条を引用する。
(この法律の目的)
第一条 この法律は、少年の健全な育成を期し、非行のある少年に対して性格の矯正及び環境の調整に関する保護処分を行うとともに、少年及び少年の福祉を害する成人の刑事事件について特別の措置を講ずることを目的とする。
成人の犯罪を罰する法を定めた刑法と異なり、少年法というのは刑法・福祉法の中間に位置する、少年保護が目的とのことらしい。
成人と分けて少年を罰する定めではなく、あくまで目的は保護である。

何となくわかってはいたような気はするが、自分が被害関係者であれば罪人を保護する法というのは何とも言えない印象もある。この感覚は、少年法を耳にする機会が重大事件が発生し、成人と同じく罰せられるケースが報じられる時に限定されていたため生じたものだろうと思う。

考えてみれば重大事件は一部であり、多くは反省を促し更生させ社会に戻す枠組みであることは納得がいく。しかし、いずれのケースも全て対応するには限界があるのであろう
よって議論が生まれ改正を訴える声があがり、これまで少年法の存在が自分の耳に入るきっかけとなったのだとようやく理解した。

万全な法は無いとはいえ、事件の度に紛糾する少年法はいかほど不完全なのか。これは少年法の歴史を辿ることで一定の理解ができた。

世界において少年法は、19世紀の終わりからここ100年の間で運用されてきたものだという。社会生活が急激に変化する現代において目下実験中とも言える。
社会情勢の変化や悪化する事件に対し、最初に少年法を定めたアメリカやヨーロッパ諸国においては法制度を変化させこれに対応しているようだ。

日本はというと、改正論議があがりつつも法運用で対応し少年保護の理念を貫いてきたが、 2000年以降はどちらかといえば厳罰化に改正が進んでいる。

こういった傾向を見ると、100年前は少年犯罪は保護を目的とする法を定めることができる時代であったが、現代は保護を諦めることを受け入れる時代になったということか。
高度に社会を進化させた結果がこれかと思うと、 人間の営みとは何なのだろうかと、考えこんでしまう。

今後も社会は大きく変化していき少年犯罪も同様であると予想した場合、未来の少年法というのはどういった姿をしているのだろうか。重大事件の低年齢化が一層進むと、もはや少年法は無くなるのではないかとも考えてしまう。

成長過程にある者達が犯す過ちにどう向き合うか、かつて未成年であった自分の姿を思い浮かべながら考えてみる必要がある。
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