白い夏の墓標 (新潮文庫) 帚木蓬生 感想

白い夏の墓標 (新潮文庫) 帚木蓬生 感想

2015/03/22 11:57 neputa

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あらすじ

パリで開かれた肝炎ウィルス国際会議に出席した佐伯教授は、アメリカ陸軍微生物研究所のベルナールと名乗る見知ら ぬ老紳士の訪問を受けた。かつて仙台で机を並べ、その後アメリカ留学中に事故死した親友黒田が、実はフランスで自殺したことを告げられたのだ。細菌学者の死の謎は真夏のパリから残雪のピレネーへ、そして二十数年前の仙台へと遡る。抒情と戦慄のサスペンス。

感想

教団X 中村文則著』を読み終え次は何を読もうかと考えていた。
若かりしころであれば同時に読むなど無茶なことをしていたが、大人になった今、こういうときは冷静に一歩引くのが吉と心得ており、そして困ったときの帚木先生を頼ったところそれは、戦後にウイルス研究に身を投じたある細菌学者の物語であった。
北東大学教授としてウイルス研究の成果をパリの国際会議で発表することとなった佐伯は、発表後に米国陸軍微生物研究所に所属するベルナールという謎の老紳士から「ドクター・クロダ」の名を耳にする。
忘れかけていた、かつて二十数年前に北東大学で学生として机を並べ三年という短くも忘れがたい日々を過ごした友人との思い出が一気に溢れ出す。

ベルナールは地図と一通の封筒を佐伯に手渡し、アリエージュのウストという村にある黒田の墓を自分の代わりに参ること、そして墓守をしている「ヴィヴ」という女性に封筒を手渡すことを頼み込む。
学生時代に『仙台ヴァイラス』を発見しアメリカ陸軍にスカウトされ大学を去っていった古い友人のその後を巡る旅が始まる。

本書の目次を引用する。
第一章 吸着(アタッチメント)
第二章 侵入(ペネトレーション)
第三章 脱穀(アンコーティング)
第四章 転写(トランスクリプション)
第五章 成熟(マチュレーション)
第六章 放出(リリース)
各章のタイトルはそれぞれウイルスの行動現象であり、物語はこれらウイルスの行動パターンと重ね合わせているのが興味深い。

さて物語の中心に存在する黒田武彦とはどういう人物であるか。
彼は戦後の貧しいなか、酒に溺れた父と自殺をした母、そして繊細であったがために狂った兄とともに福岡で幼年時代を過ごした。
細菌にせよ、ウィルスにせよ、人間を相手にするよりよっぽど面白いさ。

皮肉なことだが、貧しさと人間への絶望を味わった彼の幼年時代は、外界を拒絶し研究にのめり込む研究者としての素地を作るには適していたとも言える。
そして佐伯とともに過ごした学生時代、彼はその才能を開花させ新手のウイルス(仙台ヴァイラスと名付ける)を発見し、これが米国陸軍の目にとまり大学を去ることに繋がった。

仙台ヴァイラスの行方は黒田を追っていく上での重要な鍵であり、また医療ミステリとしての側面を作り上げる重要な要素でもある。

本書は1979年初出であるが、 『遺伝子組替』に触れている。
知識がない私にとって『遺伝子組換』は食品などの安全性に関わる程度の理解しか持たなかったが、米国陸軍が黒田に目を止めた理由からその危険性を知ることとなった。
この技術を微生物に用い、強力なウイルスを組み合わせていくとどうなるか。
いかなる乾燥にも耐え、一五〇度からマイナス四〇度の温度変化にも死滅せず、既存の抗生物質が奏効しない細菌が、フォートデトリックに送られ、新兵器のファイルの中に記入され、出番を待つことになるだろう。
※フォートデトリックは実在するアメリカ陸軍の医学研究施設。

黒田による仙台ヴァイラス発見は悲しいかな二次大戦後、大国間の綱引きは依然として続いており、科学も医療も最新の技術は平和よりもまずは軍事へと積極的に投じられる時代であった。

様々な可能性を持っていたはずの仙台ヴァイラス、そして黒田の人生も大きな時代の流れに飲み込まれていったのだと思うとやりきれない。

佐伯は無事にウスト村にある黒田の墓へと辿り着き、20年以上にわたり墓守をしてきたヴィヴから真実を聞かされる。
ヴィヴは黒田が残した手記を大切に保管しており、佐伯は黒田にとって東北で共に過ごした3年間がいかに黒田にとって大切なものであったかを知る。
或る友人のおかげだ。名前は記さないでおこう。ぼくの硬直した感情は、彼の優しさによってときほぐされ、暖められていった。あのまま、彼の傍らで数年を過ごしていたら、と思って見ることがある。

ここからヴィヴの回想と黒田の手記により多くの謎が明らかになり話は一気に核心へと進んでいくため詳細は控える。

本作は細菌研究を巡るミステリ、そして黒田という研究者の人生ドラマの他に、もう一つフランスの一地方を巡る物語の側面がありこれもまた興味深い。

佐伯が黒田の墓を目指して訪れたアリエージュという地は、13世紀にかつて十字軍の侵略によって滅ぼされた、キリスト教の異端カタリ派の人々が暮らしていた土地である。
ヴィヴたちは恐らく彼らの末裔なのではないか。

佐伯がアリエージュで過ごす日々の中で、実在する「クロード・マルティ」という歌手が「モンセギュール」という歌を奏でるシーンが登場する。

モンセギュールは山頂に城跡があり、それはカタリ派の人々が最後まで十字軍に抵抗を続けた場所であり、土地の者の誇りでもある。
そして、クロード・マルティの歌の歌詞はカタリ派の人々が使用していた「オクシタン語」で書かれており、ノスタルジックな独特な響きは深く胸にしみる。

物語の謎を解き明かす過程で同時に描かれるこれらアリエージュの土地、歴史、ピレネー山脈の姿は実に鮮やかであり、これを堪能することも本作の醍醐味であると言える。

盛りだくさんの興味深い要素を一つの物語に紡ぎ上げた素晴らしき作品であった。

著者について

1947(昭和22)年、福岡県生れ。東京大学仏文科卒業後、TBSに勤務。2年で退職し、九州大学医学部に学ぶ。現在は精神科医。1993(平成5)年『三たびの海峡』で吉川英治文学新人賞を受賞。1995年『閉鎖病棟』で山本周五郎賞、1997年『逃亡』で柴田錬三郎賞、2010年『水神』で新田次郎文学賞を受賞した。2011年『ソルハ』で小学館児童出版文化賞を受賞。2012年『蠅の帝国―軍医たちの黙示録―』『蛍の航跡―軍医たちの黙示録―』の2部作で日本医療小説大賞を受賞する。『臓器農場』『ヒトラーの防具』『安楽病棟』『国銅』『空山』『アフリカの蹄』『エンブリオ』『千日紅の恋人』『受命』『聖灰の暗号』『インターセックス』『風花病棟』『日御子』『移された顔』など著作多数。 

メモ

持ち物を剥ぎとった兵が倒れれば、次の生き残ったものがそれを奪っていく
これこそ科学でいう新陳代謝なんだ。
生まれて、病んで、死んでいく
ところが、医者は仏面してそれを妨害している。  P64
ウィルスは人間よりきれいだ 大輪の白い牡丹のような図。花弁のひとつひとつが、融合した核だ。 P75
細胞壁の問題は解決した、あとはお前が仙台ヴァイラスを使って凶器を鋳造するだけだ。P165
人は理由なしに生きることはできるけれども、十分な理由なしに死ぬことはできない。 狂人は、狂気の状態にとどまっている限り、だらだらと生き続けることができる。P186
何故、歴史を学ぶかって?
自分の生きている時代を理解するためよ。この五十年間に、七千万人を虐殺した現代というものを、自分の頭で考えてみたいのよ。 P301

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