教団X (集英社) 中村文則 ― あらすじと感想 | 読書感想BLOG
教団X (集英社) 中村文則 ― あらすじと感想

教団X (集英社) 中村文則 ― あらすじと感想

2015/03/09 1:00 neputa

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※honto・amazon どちらも電子書籍で読めます。
※2017/06/22に文庫が出るそうです。(2017/06/14 追記)

教団Xのあらすじ

対をなし存在する「2つの集団」。ひとつは「沢渡(さわたり)」という男が教祖として君臨し、都内のマンション一棟に潜むカルト宗教「教団X」。
多くの若い男女が集い、公安や警察にマークされている。

もうひとつは、自称アマチュア思索家「松尾正太郎」を教祖とする集団。しかし宗教団体と言うには遠く、「ただの屋敷」に自然と人が集まり松尾の話を聞く会が営まれている。

悪と善、陰と陽を象徴するかのような松尾と教団X、「2つの集団」が、4人の若き男女を介して交差する物語。

読書感想

※ネタバレを多く含みます。

■あらすじからもう1段階深入ってみる

楢崎という若い男が、突然姿を消した「立花涼子」を探しだすところから物語が始まる。
手がかりを伝ってたどり着いたのは松尾という老人の屋敷であった。

そこから松尾老人の長い、奇妙な話が始まる。

彼の話から興味深いポイントを要約する。

  • 最も古い仏教の経典である「スッタニパータ」に残されたその内容は、経典が編まれた2000年後にデカルトが唱えた言葉、「我思う、ゆえに我あり」を否定する内容であり、かつ現代における最新の脳科学がたどり着いた理論と奇妙にも符合する。
  • 最も古いヒンドゥーの教典「リグ・ヴェーダ」に残されたその内容は、3000年後の現在、人類がたどり着いた宇宙誕生の一説とあまりに酷似している。


そして松尾はその意味を語り、「人間」を肯定する。


これに対し、沢渡の教団はおびただしい数のセックスで埋め尽くされている。
「セックス教団」などと称されるカルト宗教の話しを耳にしたことがあるが、自己を容認できず、居場所もなく孤独に陥った者を、(良し悪しは別として)理屈を飛び越えセックスの力で受け止めようとする効果は大きいのかもしれない、とも思えた。

自我を確立できなかった男女が集い、肉体を駆使した営みから精神の安寧を得る。

しかし沢渡は全てに飽きてしまっている。
彼の目的は「滅び」である。

この「2つの集団」が交錯し、崩壊が始まる中で「4人の男女」が翻弄される。

あらすじからもう一歩踏み込んだ内容としてはこんな具合であろう。
続いて謎多き沢渡という男について簡単に触れてみたい。

■沢渡という男は何者であるか

ちなみにこの沢渡という男が何者であるか、なぜにそのような目的を持つのかは、私の読解力のせいかもしれないが、非常にわかりにくいものがある。
特に、本作が初めての中村文則作品という方であれば尚更なのではないかと思う。

著者のこれまでの作品で『掏摸』『王国』という2冊がある。
そこに登場する「木崎」という人物は、沢渡に通じるものを多く抱えた人物である。

想像を飛躍させれば、沢渡は木崎の晩年の姿なのではないかとも思える。

この2作品は、彼を理解するヒントになるのではないか。

■意味的な部分を考えてみる

これまで人間の極限や究極の悪を作品にしてきた著者は、ありったけの一般的に指摘される「悪」というものを沢渡に投影している。

おびただしい数の参照文献が巻末に並んでいるが、文献内容を抽象化することをせず、ストーリーに馴染ませるために変えることなく引用に近い形で用いたのは、想像ではあるが、本作をあくまで現代という時代にリンクさせるために行った、実験的試みのようにも思える。

そして、一見、松尾と沢渡は正と悪の二元対立の両極に位置するように見えるが、読み進めるうちに、そうではない、と感じる。

■そうではない、と感じる理由を考えてみる。

松尾と沢渡は、日本が全ての価値を失った終戦直後に、同じ師のもとで共に学ぶ同志であった。その後、沢渡は医師として途上国を巡り、多くの命を救う一方で、追い詰められた女を犯し、後に松尾が語ったある体験をする。その体験とは、仏教で言うところの「悟り」にも似た内容として描かれている。

奇妙ではあるが、対極にあるようなこの2人が、同じ境地へとたどり着くのである。これはつまり、「両極の端と端は同じ」ということを表しているのではないか。

中盤にかけて善と悪を緻密に描き、善と悪を両極へと押し広げてその距離を目一杯に遠ざけたのは、その2つは「人間」が生み出し、「人間」のなかでひとつに帰結する同一のものであることを語るための伏線のように思えてくるのだ。

そして、松尾が語ったこと。(の乱暴な個人的解釈)
『私たちは「意識」という次元に原子が吸い寄せられる進化の過程で形作られた粒子のかたまりである』

これを感じてしまったら、現に沢渡が全てに興味を失ってしまったように、何も無くなってしまうのではないか。物語も終わってしまう。しかし、ゴールはここではない。

松尾と彼の妻は最後まで迷える4人の男女を生かそうとし、そして読み手の私たちを含めた全員にこう語りかける。

「共に生きましょう!」

これは希望である。

究極の悪を知り、二極化し、全てが同じであることを悟る過程を必要とした希望である。

この教団Xという分厚い物語を読み終えた後に、著者がこれまで人間の極限や究極の悪を突き詰め作品を生み続けた過程を経てたどり着いた希望が私の心に刻まれていた。

■読後の読後

本作は2012年5月から2014年9月までの連載が初出であるが、テロ、人質事件、斬首など、最近のニュースを予言するかのような描写がある。

これまで著者の作品を読んだ後は、自分が人間という生物であることが辛くなることが多かったこともあり、今回はもう本当にダメだと何度も読むのを止めた。

あとがきで著者はあらためて「共に生きましょう」と読者に語りかける。
最後まで読んで本当に良かった、と心から思う。
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