晴子情歌 (新潮文庫) 高村薫 感想 | 読書感想BLOG
晴子情歌 (新潮文庫) 高村薫 感想

晴子情歌 (新潮文庫) 高村薫 感想

2015/04/14 19:32 neputa

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あらすじ

  • 本書(上巻)より引用
遥かな洋上にいる息子彰之へ届けられた母からの長大な手紙。そこには彼の知らぬ、瑞々しい少女が息づいていた。本郷の下宿屋に生まれ、数奇な縁により青森で三百年続く政と商の家に嫁いだ晴子の人生は、近代日本の歩みそのものであり、彰之の祖父の文弱な純粋さと旧家の淫蕩な血を相剋させながらの生もまた、余人にはない色彩を帯びている。本邦に並ぶものなき、圧倒的な物語世界。

感想

著者作品について

中学生の頃のある日、当時もっとも仲の良かった親友が「この作家は今後も読みつづけた方がいい」と言って、タイトル『黄金を抱いて翔べ 』を貸してくれた。高村作品との出会いだった。

そういえば、その親友は「国内外の純文学をできるだけ読め。まともに読めるのは今の感受性がある間だけだ」とも言っていた。今思えばそれらは彼の厳格な父や兄からの受け売りであったろう。彼の家はとても厳しい家庭だった。

しかしその影響はとても強いもので、今もふとした時に思い出すほどであり、その当時彼が(彼の家庭が)薦める作品を私は忠実に読み続けた。
高村作品の新刊はいつも発売日に本屋へと向かい、一気に読み終え、親友との密やかな共有感は、それは心地良いものだった。

いつしかその親友とは疎遠になってしまったが、その後も高村作品との付き合いは変わることはなく、13年前に発売された『晴子情歌』も昔と変わらず発売日に早速入手し読み始めた。だが、けっきょく半分ほど読んだところで本を閉じてしまった。
エンターテイメントやミステリといった要素は大きく削げ落ち、硬質でどっしりとした印象が大幅に増した文章に戸惑ったのか、仕事以外の時間を急速に失い始めた環境の変化のせいか、それ故に枯れはじめた感受性のせいか、それ以降、長きに渡って読み続けた高村作品との縁も途切れることとなった。

長い時間を要することになったけれど、さまざまな思いを胸に再び手にとった『晴子情歌』は、何というか、ごく個人的なものであるが「転機」を予感させるものだった。

感想はなく衝動だけが

晴子はこの三百日、インド洋にいた息子の彰之に宛てて百通もの手紙を書き送り、息子のほうは、それらを何十回も読み返してもうほとんど文面を諳んじていたが、いまもまたそのなかの数通を開き、読み始めると、いつものように意識の周りに暗黒のガスが沁み出した。
大正9年に東京で生まれ、幾多の巡り合わせにより青森の野辺地で暮らす晴子は、昭和50年、最高学府を卒業したあと「漁師になる」と言いインド洋へと出て行った息子へと膨大な手紙を書き綴った。
本作は晴子の手紙と彰之の思いが織りなすように編まれた長大な物語である。

物語の大半を占めるその手紙は、津軽や北の大地を描く郷土史であり、孕み孕ませ因習や風土と共に生きる人々の歴史であり、鰊場を取り巻く自身に初潮を迎えさせる程の生命の息吹であり、失い続ける戦争の近代史であり、両親を失し弟妹と離散した家族史であり、野辺地を300年支配し続けた名家の濁った血であり、大家「福澤」の血を受け継がせてしまった息子への告白であり、初恋の人であり運命の人ではない北太平洋に沈んでいった者への想いであり、30年以上連れ添い先立った夫の細い体であり、消えいていった者たちの不在であり、夫が描き続けた小さな我が家の青い庭であり、愚かしく儚いそれらは長大な人類史とも言えるスケール感で迫り来るものがあり、そして旧いかなで書かれた文章は例えようもなく美しい。それは、まさに『情歌』であった。

晴子は鑑となってそれら全てを読み手の眼前に鮮やかに映し出す。そして物語は大きな奔流となって私をどこまでも押し流していく。もう溺れっぱなしである。
感想を書き留めておきたいと思うのだが、感想はなく、衝動だけが次々と沸き起こるこの状態をなんと表現すれば良いか私は言葉を知らない。
さう〳〵、この次に歸省するとき、筒木坂へ立ち寄つて七里長濱の春の砂を一掴み採つてきて下さい。 
個人的なことだが黒石市に住む伯母は、ホヤなどの海産物をもらいに毎年、野辺地まで延々クルマを走らせているそうで、今すぐそのクルマに飛び乗り晴子の気配に触れてみたい衝動に駆られている。そして筒木坂へも足を運び、七里長浜の砂を掴み、彰之と晴子の魂に触れたい。

前回まともに読み進めることもままならなかった作品が、年齢的に成長などというものは無いとは思うから強いて言うならば心境の変化ゆえか、こうまでも心に沁み入ってくる感覚を味わうと、何はなくとも生き続けてきたことを、ああ良かったなとしみじみと思うのである。

そういえば、13年前に手にしたのは単行本で、今回読んだのは文庫本であり、著者は文庫化の際にそれなりの改訂を行うことを思い出した。
ならば単行本での再読と津軽への旅を併せて行うのはどうかと頭に浮かんだのは、我ながら良い思いつきかもしれない。

著者について

  • 本書より引用
1953(昭和28)年、大阪市生れ。'90(平成2)年『黄金を抱いて翔べ』で日本推理サスペンス大賞を受賞。'93年『リヴィエラを撃て』で日本推理作家協会賞、日本冒険小説協会大賞を受賞。同年『マークスの山』で直木賞を受賞する。'98『レディ・ジョーカー』で毎日出版文化賞を受賞。2006年『新リア王』で親鸞賞を受賞。'10年『太陽を曳く馬』で読売文学賞を受賞する。他の著作に『神の火』『照柿』『晴子情歌』『冷血』などがある。

メモ

引用メモ

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