凍 (新潮文庫) 沢木耕太郎

凍 (新潮文庫) 沢木耕太郎

2016/03/02 19:58 neputa

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あらすじ

  • 本書より引用
最強のクライマーとの呼び声も高い山野井泰史。世界的名声を得ながら、ストイックなほど厳しい登山を続けている彼が選んだのは、ヒマラヤの難峰ギャチュンカンだった。だが彼は、妻とともにその美しい氷壁に挑み始めたとき、二人を待ち受ける壮絶な闘いの結末を知るはずもなかった――。 絶望的状況下、究極の選択。鮮やかに浮かび上がる奇跡の登山行と人間の絆、ノンフィクションの極北。

読書感想

近くの山もヒマラヤの8000メートル峰も絶壁の壁も、最低限の装備のみを持って単独で登ってしまうという脅威のクライマー「山野井泰史」を知ったのは『NHKスペシャル 夫婦で挑んだ白夜の大岩壁』というドキュメンタリー番組だった。

山野井泰史と妻・妙子(旧姓ー長尾) 夫妻は共に世界に知られる実力あるクライマーであると紹介されていた。
アイスランドの1000mを越える壁を見て子供のようにはしゃぐ山野井泰史氏。対照的にあまり感情を表に出さず静かに微笑んみたたずむ山野井妙子氏。しかし二人はこれ以前に挑んだヒマラヤのギャチュンカンで手足の指の多くを失い、全盛期のようなクライミングができない身体となっている。ただ映像に映っているのは暗さといったものが一切なく、ただ静かで、力強く岩壁をのぼる一組の人間たちであった。

「彼らをもっと知りたい」という強い気持ちが湧き本書を手に取った。

内容は二人の子供時代やかつての登山キャリア、そしてギャチュンカンでの壮絶な体験とその後の状況を丁寧に描いている。
ギャチュンカンで二人は7000mを越す過酷な状況下で酸素ボンベも持たず悪天候により停滞を余儀なくされ重度な凍傷を負う。吹雪で遭難の恐れがあるため、天候の回復を待って立ったまま眠らなければならない場所で朝を待ち、雪崩に流されながらも生還するのである。

このような内容であっても、読んでいてとても静けさを感じることが不思議であった。ドキュメンタリーで見たお二人の穏やかな語り口や人柄が心に残っているせいか、著者の表現ゆえなのか。

人間は過酷な状況に置かれると、体よりもまず脳というか意思が先にやられてしまうことが多いそうだ。パニックを起こすと脳は大量に酸素を消費する。高所で冷静さを失えば死が大きく近づいてくるのだろう。

では激しい山行を経験してきたこの二人はなぜ生き残ることが出来たのか、この不思議に対する理由が以下の話からなんとなくわかったような気がする。
疲れきった二人はぐっすりと眠った。夜が明けても眠りつづけた。平らであり、落ちる心配がないということがどれほどありがたかったことか。
翌朝はよく晴れ、陽が上がるとポールにフライシートをかけただけにもかかわらず、中はポカポカとした暖かさに満たされた。
その暖かさの中で眠りながら妙子はこんなふうに感じていた。
――これまでの人生で一番幸せかもしれない……。
ギャチュンカンの高所で吹雪をやりすごし、雪崩で滑落し、ようやく横になれる場所まで降りてこれたあとのビバークにおける描写だ。ベースキャンプまでまだ氷河をあるかなければならない。しかも妙子氏は高度順化がうまくいかず、7日間のあいだほとんど食事ができていないなかでのことだ。

そして泰史氏。
いつもは時間の取られる出国手続きも、ほとんどフリーパスのようにして通過することができた。それは日本大使館から来た館員が付き添ってくれたからだった。山野井はこうした状態を笑い飛ばすようなつもりでこう思った。
――凍傷も悪く無い。
このとき、ギャチュンカンから生還したものの泰史氏の指はほとんどを失うことが確定していた。かつてのように登れなくなることもわかっていた。しかし彼は「悪くない」と笑い飛ばすのである。

ギャチュンカンで二人に死の可能性はあった。しかし生きる可能性もあるわけで、それが1%でもあることがわかっている限りにおいて、この二人は迷うことが一切無い。そして、とても控えめではあるが生きることに対しての力強い明るさがある。

冒頭で書いたドキュメンタリーで、確かに二人の登るスピードはかつて程ではないのかもしれない。指を失ったこともあり道具の扱いがもたつく場面などもある。
しかし本書を読み終え、以前もあとも、この二人の芯にある部分というのは変わることがないのだと、そのクライミングから感じさせられる。

偉大なクライマーを知り調べてみると亡くなっていることが多いなか、山野井夫妻は今も奥多摩でつつましく暮らし次にどこを登ろうかと思いながら暮らしているのかと想像できることがたまらなく嬉しい。

ご本人の著書もあるようなので是非読んでみようと思う。

著者について

  • 本書より引用
1947(昭和22)年、東京生れ。横浜国大卒業。ほどなくルポライターとして出発し、鮮烈な感性と斬新な文体で注目を集める。『若き実力者たち』『敗れざる者たち』等を発表した後、'79年、『テロルの決算』で大宅壮一ノンフィクション賞、'82年に『一瞬の夏』で新田次郎文学賞、'85年に『バーボン・ストリート』で講談社エッセイ賞を受賞。'86年から刊行が始まった『深夜特急』三部作では、'93(平成5)年、JTB紀行文学賞を受賞した。ノンフィクションの新たな可能性を追求し続け、'95年、檀一雄未亡人の一人称話法に徹した『壇』を発表、2000年には初の書き下ろし長編小説『血の味』を刊行している。'06年に『凍』で講談社ノンフィクション賞を、'14年に『キャバの十字架』で司馬遼太郎賞を受賞。ノンフィクションの分野の仕事の集大成として「沢木耕太郎ノンフィクション」が刊行されている。

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