ラベル SF・ファンタジー の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル SF・ファンタジー の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
※honto・amazon どちらも電子書籍で読めます。

あらすじ

  • 本書より引用
21世紀後半、〈大災禍〉と呼ばれる世界的な混乱を経て、人類は大規模な福祉構成社会を築きあげていた。医療分子の発達で病気がほぼ放逐され、見せかけの優しさや倫理が横溢する〝ユートピア″。そんな社会に倦んだ3人の少女は餓死することを選択した――それから13年。死ねなかった少女・霧慧トァンは、世界を襲う大混乱の陰にただひとり死んだはずの少女の影を見る――『虐殺器官』の著者が描く、ユートピアの臨界点。

読書感想(というよりは自分が物語を確認・検証するためのメモ)

※ネタバレを含みます。

かなり深くはまり込んでしまうほど楽しめ、かつ個人的に興味がある「意識」の存在について著者によるひとつの考察が展開されている点などがたいへん興味深い作品であった。
しかし、いざ感想をまとめようとなると言葉に詰まる。つまり私の理解はその程度であり現段階で掴めたものを書き連ねたメモレベルの記事となることをご了承ください。
ぜひ再読し、このモヤモヤっとしたものをうまく言語化したい。

読みどころ

  • 時代設定は『虐殺器官』の少しあととなる21世紀後半、しかしその内容は多くの点で対比的であり、少女たちが物語を牽引していくミステリ仕立て。
  • 自らが引き起こした滅亡の危機を乗り越えた人類が作り上げたのは究極の福祉社会、生命主義社会を舞台としたSFエンターテイメント。
  • 人類が目指すべき社会、世界とはどんなものなのか、誰もが生涯の生を保証される重厚な福祉社会は果たして何を生むのか、現実社会の問題ともリンクする作品。

著者が残したオリジナルストーリー『虐殺器官』と『ハーモニー』

本作は、若くして病で亡くなられた著者による遺作である。

真っ黒なカヴァーに包まれ、「人間は遺伝的に虐殺をつかさどる器官を持っている」という仮説をSF世界で描いた『虐殺器官』。
いっぽう本作は真っ白なカヴァー、そして寿命まで人は死ぬことがない超福祉社会を実現した世界を描いている。

外見から対比を感じるが、いずれの作品の世界観も人間を生物学的にとらえ、その進化の過程に着目し、未来世界をシュミレーションした結果を展開したもの、という共通した印象を得る作品だった。


物語の舞台設定

虐殺器官と直線的につながった世界であるか不明だが、年代的に虐殺器官の世界ののちに人類がウイルスによる大混乱に陥り核が世界各地に拡散、「大災禍(ザ・イエルストロム)」に発展し、それを収束に至ったあとに復興した世界が「ハーモニー」の舞台となっている。

その災禍から人類は「政治」による社会統治の限界を感じ、生命主義を掲げ「生府」という統治機構により安定的な社会を作ることにした。そこでは人間ひとりひとりは重要な社会的リソースとして扱われる。成人すると「Watch Me」というソフトウェアを体内にインストールし、絶えず健康状態をチェック、家庭用のメディケアシステムで薬を生成し、人は寿命まで病を知らずに生きる世界である。

主人公の「霧慧トァン」、独立心が旺盛な「御冷ミァハ」、そして「零下堂キァン」、そんな世界で生きる少女たちの語らいから物語は始まる。
(特徴的な名前の由来はケルト神話だという記事をいくつか見つけたが詳細は不明)

どんな物語なのか

健康であり、自分自身の肉体は社会資源であるという意識付けがなされ、それらを国家と同様の位置づけとなる「生府」が統治した世界となれば、自傷、自殺といった行為は反社会的行為となる。

ミァハは自傷行為や自殺に興味を持っている。つまりは強く社会に疑問を抱いている。
そしてその疑問を友人であるトァンやキァンにぶつける。

しかし人間は本来的に精神的であれ肉体的であれ痛みによって生を感じ取ることができる生き物である。だがその痛みを感じることを失った世界はどこか異質である。
トァンはミァハを「歪んだ天真爛漫さ、真っ黒な明るさ」と称し、生命主義にしたがって生きる人々を「生気を抜かれた健康」と表現する。
わたしたちは互いに互いのこと、自分自身の詳細な情報を知らせることで、下手なことができなくなるようにしてるんだ。この社会はね、自分自身を自分以外の全員に人質として差し出すことで、安定と平和と慎み深さを保っているんだよ。
WatchMeをインストールした人々のIDや健康状態というのは常に公開されており、「プライベート」という概念を失った世界でもある。

Facebookの創業者がインタビューで、世界中のすべての人々がプライベートをすべて公開するようになれば、世界は嘘のない正直で平和になるといったようなことを言っていたのを思い出した。

物語の中核はこのうちのトァンとミァハであり、最終的に彼女たちが人類の未来を決する引き金を引くまでの物語であり、そこまでに至る多くの葛藤が、人類史や進化を遂げてきた生命体としての人間を深く掘り下げていく話にもつながっている、という印象だ。

人類の未来を決する引き金とは何か

つまりは「ハーモニー」である。
どういうことか?

大災禍を経験した生府の人間たちは、同じ過ちを完全に回避するために、人類が完全に調和した社会を実現するための研究に投資を続けてきた。
その結果、
意識とはまさに、脳の無意識下に存在する多数のエージェントの利害を調整するためにあるのであって、いわば意識されざる葛藤の結果が我々の意識であり、行動であるのだと。そして調和のとれた意志とは、すべてが当然であるような行動の状態であり、行為の決断に際して要請される意志そのものが存在しない状態だと。完璧な人間という存在を追い求めたら、意識は不要になって消滅してしまったと
―― P264 by トァンの父 霧慧ヌァザ
いうことだった。

ここで人間とは、意志とはなにか、という大きな葛藤が生じる

人間っていうのは、欲望と意志のあいだで針を極端に振ることしかできない、できそこないのメーターなんだよ。ほどほどができない。鳩にだって意志はあるもの。意志なんて、単に脊髄動物が実装しやすい形質だったから、いまだに脳みそに居座っているだけよ。
―― P94 by ミァハ
そして人間は、この報酬系によって動機づけられる多種多様な『欲求』のモジュールが、競って選択されようと調整を行うことで最終的に下す決断を、『意志』と呼んでいるわけだ。
―― P169 by 冴紀教授

そして生府の人間たちはひるんだ。完全に調和した世界を迎え入れることを、自分が意志を持たない生物になることを。その結果、ハーモニー・プロジェクトは凍結にいたる。

しかし、この葛藤の末の生府による判断に真っ向から歯向かう存在がいる。
御冷ミァハだ。

生府社会に疑問を抱いているとはいえ、なぜ彼女はそうなったか。

実は彼女は、ある少数民族の一員であり、いくつかの運命の末に日本における里親のもとで暮らすようになったことが明らかとなる。
その少数民族とは、チェチェンにいた意識を生み出す遺伝子が欠如した民族であり、完璧で生来ハーモニーのとれたヒトの集団であるとされる。
その後、不幸にも人身売買の組織に拉致され軍人たちのレイプの道具となり、欠如した遺伝子を補うように補完的にその他の器官により意識を持つようになった。

自身のルーツとして「ハーモニー」を体験的に持つ少女、彼女は生府の判断に真っ向から立ち向かうべき存在だった。

対峙するトァンとミァハ

実は、トァンの父はWatchMeを開発し現在の生府による社会構築に貢献した者であり、そしてまた、ハーモニー・プロジェクトの研究者であった。
完全調和社会を生み出す研究においてミァハは研究対象であったが、生府の判断に歯向かい研究所を分裂しハーモニー実行を推し進める中心人物となる。


人類は進化の過程において、適者生存のため多くの機能を手にしてきた。
物語では、かつて地球が寒冷だった時に、現代におけるいわゆる糖尿病の状態となることで血液が凍結せず生き延びた話しを展開し、現在の自分たちはかつて生存に必要であった機能の蓄積した塊であると表現がなされる。

人間にとって存在してもよい自然とみなされる領域は、人類の歴史が長引けば長引くほど減ってゆく。ならば、魂を、人間の意識を、いじってはならない不可侵の領域とみなす根拠はどこにあるのだろう。
かつて人類には、怒りが必要だった。
かつて人類には、喜びが必要だった。
かつて人類には、哀しみが必要だった。
かつて人類には、楽しみが必要だった。
かつて、かつて、かつて。
それは過ぎ去った環境と時代に向けられる弔いの言葉。

かつて人類には、わたしがわたしであるという思い込みが必要だった。
―― P326 by トァン
トァンは事実を知るにつれ彼女もまた大きく葛藤する。
父のバックボーンを知り、ミァハのルーツを知ったのちに、彼女はまた異なる結論へと至る。
かつて宗教が、わたしがわたしであることを保証していたのだろう。すべては神が用意されたものなのだから。人間がそれに口を差し挟む必要はない。けれど、宗教のそのような機能は今日では完全に失われてしまった。喜怒哀楽、脳で起こるすべての現象が、その時々で人類が置かれた環境において、生存上有利になる特性だったから付加されてきた「だけだ」ということになれば、多くの倫理はその絶対的な根拠を失う。絶対的であることを止めた倫理――相対的な倫理――は脆い。歴史がそれを証明している。
トァンはミァハのを止めようと対峙するが、結局はミァハの目論見どおり、ハーモニー、つまりは人類から意識を奪い取る引き金を引くこととなる。
しかしその理由はミァハのそれとは異なるものであったと思われる。

独特な文体

本書は「etml (Emotion in Text Markup Language)」という文書を読むという体裁となっている。
具体的には文章の様々な箇所が<surprise></surprise>や<laugh></laugh>といった主に「感情」を表現するタグ付けがなされた文書である。

物語の最終章は、本書が、トァンが引き金を引いた後の世界、ハーモニー社会?の人々に向けた文書であることが明かされる。
つまり意識や感情を持たなくなった人類が、『文中タグに従って様々な感情のテクスチャを生起させたり、テクスト各所のメタ的な機能を「実感」しながら読み進むことが可能』なデータフォーマットでかかれた記録である。

そして最終章の手前には
<null>わたし</null>
という区切りが入っている。


映像化について

つい先日(2017.03.23時点)、虐殺器官がアニメ映画化され早速観に行ったのだが、主人公が母親との時間を回想するシーンが削られていた。常に死の影につきまとわれる主人公を描くにあたり重要なポイントであったはずなので、いまいち説得力に欠けるストーリーのように思われたが、それはそれでシンプルな話として楽しめた。

ハーモニーもアニメ作品として映像化されているようなので読後の熱が冷めぬうちに観てみたい。

著者について

  • 本書より引用
伊藤計劃 Project Itoh
1974年東京都生まれ。武蔵野美術大学卒。2007年、『虐殺器官』で作家デビュー。同書は「ベストSF2007」「ゼロ年代ベストSF」第1位に輝いた。2008年、人気ゲームのノベライズ『メタルギア ソリッド ガンズ オブ ザ パトリオット』に続き、オリジナル長篇第2作となる本書を刊行。第30回日本SF大賞のほか、「ベストSF2009」第1位、第40回星雲賞日本長編部門を受賞した。2009年没。

ハーモニー (ハヤカワ文庫JA) 伊藤計劃 あらすじと感想

※honto・amazon どちらも電子書籍で読めます。

あらすじ

  • 本書より引用
月面調査隊が深紅の宇宙服をまとった死体を発見した。すぐさま地球の研究室で綿密な調査が行われた結果、驚くべき事実が明らかになった。死体はどの月面基地の所属でもなく、世界のいかなる人間でもない。ほとんど現代人と同じ生物であるにもかかわらず、五万年以上も前に死んでいたのだ。謎は謎を呼び、一つの疑問が解決すると、何倍もの疑問が生まれてくる。やがて木星の衛星ガニメデで地球のものではない宇宙船の残骸が発見されたが……。ハードSFの新星ジェイムズ・P・ホーガンの話題の出世作。

読書感想

読みどころ

  • 月面調査で死体が見つかる。しかも5万年前に死んでいた人間と相似の生物体。
  • 地球上の頭脳を結集して挑む、宇宙と生命の謎。
  • 彼らが解き明かしたものは我々人類のルーツであった。

感想詳細

本書は先日より利用し始めた電子書籍「Kindle」で読んだ2冊目の小説。

上の三行まとめが全てであるのだけどもう少し詳しく。
※ネタバレ注意です。

冒頭のプロローグでどこかの惑星で生命の危機に瀕した人物と彼を助けようとする「コリエル」という人物のやりとりが描かれている。
このコリエルという名前は物語の最後の最後まで胸にとめておく必要がある。

次いで本編が始まるのだが時代は2028年、科学技術は宇宙を開拓するほどに進化している世界だ。

月面調査で深紅の宇宙服を身にまとった死体が見つかったことで物語は一気に加速。アメリカの宇宙開発技術をビジネスとする巨大企業IDCCは、イギリス人の科学者ヴィクター・ハント博士と彼が開発したトライマグニスコープという調査機を呼び寄せ、「5万年前に亡くなった月面で見つかった死体」 という謎を解き明かすことを依頼する。

この、5万年前に亡くなった生物が月面で見つかる、という時点でワクワクが止まらなかった。そもそも本書を読もうと思ったのは、あらすじ書かれていたこのことがキッカケだ。

その後は様々な分野における学者たちが謎ときに挑んでいくのだが、描かれている近未来の描写が面白い。
本書が出版されたのは1977年、タバコをプカプカ吸ったり紙の書類をけっこう扱っていたりする近未来の姿は、いま私たちが実際に生きている21世紀という立ち位置から眺めてみると興味深いものがある。(スマホやタブレットが普及したり禁煙がここまで進むとはわからなかったであろう)

学者たちが立てる仮説や、意見のぶつかり合いなど読み応えがある場面が続くのだが、解明が一気に進むのは、木星の衛星「ガニメデ」における巨大宇宙船の発見である。
その宇宙船には人間に似た体形を持つ巨人の死体や、かつて地球にいたとされる生物をどこかへ輸送しようとしていた形跡などが残っており、そして何よりその宇宙船が2500万年前の間、ガニメデの氷の下で眠っていたという驚きの事実が明らかとなる。

なんだ、なんなんだ、私をワクワク殺す気か!?
広大な宇宙空間に無限に広がる未知なる発見に大興奮しどおしである。

そして調査の中心を担ってきたヴィクター・ハント博士は、月面の5万年前の死体、そして2500万年前のガニメデの宇宙船がなんであるかを解き明かす仮説を立てる。
それは、我々人類のルーツに迫るものであった。

そしてエピローグ、最後の最後で私の心はふたたび何度目かわからない興奮の渦に。
もう感動のため息を何度もらしたことか。

人情やヒューマニズムといった直接的に心温まるような話が盛り込まれているわけではないけれど、生物の存在、宇宙の存在、そして流れゆく時間がなんとも愛おしく思えてくる作品だった。


続編について

本作にはスピンオフ的な続編があるようで、そちらもぜひ読んでみよう。
続編に『ガニメデの優しい巨人』、『巨人たちの星』、『内なる宇宙』、『Mission to Minerva』(未訳)があり、「巨人たちの星シリーズ」と総称されている。
Wikipedia「星を継ぐもの」より

著者・訳者について

  • 本書より引用
J・P・ホーガン
James Patric Hogan
イギリスの作家。1941年生まれ。コンピュータ・セールスマンから転身、一気に書き上げた処女作『星を継ぐもの』が翻訳紹介されると同時に爆発的な人気を博する。以降、『創世記機械』、『未来の二つの顔』『未来からのホットライン』など、最新科学技術に挑戦する作品を矢継ぎ早に発表、幅広い読者を獲得している。現代ハードSFの旗手と目され、ことごとくがベストセラーとなっている。2010年歿。

池 央耿
1940年生まれ。国際基督教大学教養学部卒業。主な訳書、ドン・ペンドルトン「マフィアへの挑戦シリーズ」アシモフ「黒後家蜘蛛の会」1~4ニーヴン&パーネル「神の目の小さな塵」上・下など多数。

「SF」タグのエントリ

星を継ぐもの (創元SF文庫) ジェイムズ・P・ホーガン (著), 池 央耿 (翻訳)

※honto・amazon どちらも電子書籍で読めます。

あらすじ

  • 本書より引用
9.11以降の、"テロとの戦い"は転機を迎えていた。先進諸国は徹底的な管理体制に移行してテロを一掃したが、後進諸国では内戦や大規模虐殺が急激に増加していた。米軍大尉クラヴィス・シェパードは、その混乱の影に常に存在が囁かれる謎の男、ジョン・ポールを追ってチェコへと向かう……彼の目的とは一体何か? 大量殺戮を引き起こす"虐殺器官"とは? ゼロ年代最高のフィクション、ついに文庫化!

読書感想

SF、そしてミステリとしても楽しめる作品

舞台設定は9.11以降の世界、実際の世界と同様、内戦や難民、格差と貧困など人類が抱える問題は変わらない。この現実世界をSFというラッピングで予見しうる未来へと時を進めた世界とも言える。
実際に核が使用され、核ミサイルで全人類が滅亡しないことが実証された世界。
ヒロシマ・ナガサキが唯一の被爆都市では無い世界。

もちろん「まだ」実現していないアイテムたちも登場する。
その世界では、AIを生み出すより、 完全に解析を終えた脳に刺激やマスキングを行い、既にある脳をコントロールする方が簡単だという点も興味深い。

そんな世界で次々に内戦を引き起こす男がいる。
その名はジョン・ポール。
その方法はタイトルにもなっている「虐殺器官」とは何か、内戦を引き起こす目的は何か、それらに迫っていくストーリーはミステリーとして楽しめる要素だ。

ジョン・ポールが言うには適者生存の世界において人間は言語を生み出す器官を脳の機能として生み出した。キリンの首が長くなったように。
そしてその脳に刻まれた言語フォーマットの中に、ある種の文法があることを発見し用いたのだという、それがつまり……

最も読ませる要素「生命とは」

SF、ミステリとして十二分に楽しめる作品であるがもっとも興味深いのは主人公クラヴィスの対話である。
相手はジョン・ポール、そして妄想のなかに登場する亡くなった母。

戦場に降り立ち多くの死に囲まれるクラヴィス。
実際の世界でも死の実感は薄まる方向に進化しているが、この世界では脳にマスキングが施され死の実感が極めて薄い世界である。

にも関わらずクラヴィスは死の世界に濃密に絡め取られていくのだ。

彼らとの対話は、我々は何であるのか、生命とは、生と死の境界はどこかを知る旅である。

これほどに強大な作品を生み出した作家が、もう新たに作品を生むことがない事実がとても残念でならない。


伊藤計劃、他作品について

虐殺器官からしばらくあとの未来世界、著者の遺作となった「ハーモニー」。こちらは少女たちが主人公、そして虐殺器官とは違った形で人間の生命について深く掘り下げた作品でとても読みごたえがあった。


著者について

  • 本書より引用
伊藤計劃project itoh
1974年東京生まれ。武蔵野美術大学卒。2007年、本書で作家デビュー。「ベストSF2007」「ゼロ年代ベストSF」第1位に輝いた。2008年、人気ゲームのノベライズ『メタルギア ソリッド ガンズ オブ ザ パトリオット』に続き、オリジナル長篇第2作となる『ハーモニー』を刊行。同書は第30回日本SF大賞のほか、「ベストSF2009」第1位、第40回星雲賞日本長編部門を受賞した。2009年没。

「SF」タグのエントリ

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA) 伊藤計劃 あらすじと感想


あらすじ

異常な寒波のなか、私は少女の家へと車を走らせた。地球規模の気候変動により、氷が全世界を覆いつくそうとしていた。やがて姿を消した少女を追って某国に潜入した私は、要塞のような“高い館”で絶対的な力を振るう長官と対峙するが…。迫り来る氷の壁、地上に蔓延する略奪と殺戮。恐ろしくも美しい終末のヴィジョンで、世界中に冷たい熱狂を引き起こした伝説的名作。

感想

読んでいる間、絶えずまとわりつくような不安に苛まれていた。

「子供のように華奢なアイボリーホワイトの身体、ガラス繊維のようにきらめく髪」、美しき少女と、彼女に執着する主人公の男、この二人を中心に物語が進んでいく。

冒頭、男は彼女の元を訪れようとする場面、立ち寄ったガソリンスタンドで従業員が男に警告する。
「くれずれも用心してくださいよ、あの氷には!」
この警告が暗示したとおり、ゆったりとした導入から突如、物語は荒々しい不安に満ちた話へと展開していく。

描かれている世界は、我々が知る世界と酷似している。国々が争い、人間が生み出した科学技術が自然破壊を呼び、やがて人が住めぬ世界へと自らの手で突き進む終末思想が、そこでは現実のものとなろうとしている。そして、根拠は示さず、ただ世界が氷で覆われてしまうという予感が何度も連呼され、確定事項となっている。

違和感が常にある。その違和感は際限なく不安を増幅し息が詰まる。
この違和感は何だろうか?

よく知る世界が描かれているようで、随所でわずかにポイントをずらした描写が散りばめられているせいか。あるいはその文体のせいか。
文体の違和感については顕著である。少女の動向を追っていたと思ったら突然、男の動作が語られる。少女が現れた場面が繰り返され幻惑される。区切りなどはなく、それは唐突に起こる。

世界は滅びへと向かい、物語は消えた少女を男が探し求める無限ループとなる。
複雑に絡み合う出来事に翻弄されて少女を見失う。あるいは、諦めてしまう。
しかし、すべてのプロセスをすっ飛ばして再びチャンスが訪れ少女を探しに向かう。
以降、この不可思議なループは延々と繰り返され、独特な文体、描かれるその世界、展開それぞれに潜む違和感にめった打ちにされたような気分に陥る。

世界を追い詰める氷河、そしてその世界に存在する少女は、破滅的な美しさを放つ。このむせ返るような寒気に満ちた描写で窒息寸前へと追いやられる。
空気がまるで酸のような痛みをもたらした。氷の息吹、極地の息吹だ。皮膚を切り、肺を灼く、ほとんど呼吸もできないほどの寒気。
季節は存在することをやめ、永遠の寒気にその場を譲った。至るところに氷の壁がそそり立ち、雷鳴の轟きを響きわたらせ、なめらかに輝くこの世のものならぬ氷河の悪夢を現出させて、昼の光は氷山の放射する不気味な幻の光に飲み込まれてしまった。

読み終えた今、著しい緊張と不安からようやく解放され安堵している。


著者・訳者について

アンナ・カヴァン イギリスの作家。1901年、フランスのカンヌ生まれ。ヘレン・ファーガソン名義で長篇数作を発表後、『アサイラム・ピース』(40)からアンナ・カヴァンと改名。不安定な精神状態を抱え、ヘロインを常用しながら、不穏な緊迫感に満ちた先鋭的作品を書き続ける。世界の終末を描いた傑作『氷』(67)で注目を集めたが、翌68年に死去。
山田 和子(やまだ かずこ、1951年-)は、日本のSF編集者・翻訳家・評論家。福岡県北九州市生まれ。慶應義塾大学独文科中退。 「季刊NW-SF」の編集長としてJ・G・バラード等の紹介に努める。また、SF翻訳者、SFにおけるフェミニズムの論客としても活躍。長く科学技術関係の編集に携わり、この分野でも訳書がある。 「NW-SF」時代に、創刊者の山野浩一から将棋を教わったところ、たちどころに上達。1977年に、女流アマ名人戦で優勝。70年代は、将棋の女流アマ強豪としても有名であった。

氷 (ちくま文庫) アンナ・カヴァン 感想

※honto・amazon どちらも電子書籍で読めます。

あらすじ

第3次世界大戦(最終戦争と呼ばれている) が終わった後、地球は放射能灰に汚染され死の星となり、人間の多くは植民惑星へと移住した。生物は希少で価値が高く、主人公リック・デッカードが持てるのはせいぜい人工的な電気羊ぐらいだ。
人間の移住を助けるため、火星に送り込まれたアンドロイドたちは自らを解放し地球へと戻ってきた。逃亡をはかるアンドロイドと、賞金かせぎのリックの戦いが始まる。人と機械は相容れないものなのか。


読書感想

読むキッカケ

アマゾンのウィッシュリストに10年以上放置しままなかなか機会がなく、このたびようやく読むにいたった。
登録当時、周りからしきりに薦められたのだが、期待にたがわず大変おもしろい作品だった 。

本作は、1982年に公開された映画「ブレードランナー」の原作である。
映画の方はいくつかのバージョンを経つつ世界中でヒットしたようだ。
ちなみに、著者は映画公開前の1982年3月に映像化した「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」を観ることなく急逝した 。


あらためて感想を

主人公「リック・デッカード」は警察付きの賞金稼ぎである。アンドロイドを一体狩るごとに賞金を手にする。

そのアンドロイドはどこまでも人間と相似したものとして描かれている。著者は感情移入を人間固有のものとし、人間とアンドロイドの識別には、感情移入時に起る生体反応を検査する手法をとるのである。

リックは生きるために仕事としてアンドロイドを殺す。 作中では、生物あるいは機械の虫、動物が要所で描かれており、この点が、ただのSFバトルとは異なる印象を与える
エサをほしがる電気羊にも、どこか生命を感じる。著者は、読者がそう感じるように仕向けているのである。

相容れない人間とアンドロイド、そのバランスを大きく崩す印象を与えるのが、「J・R・イジドア」という人物である。
彼は、死の灰の犠牲者である。人類の健全な遺伝への脅威として「特殊者」という烙印を押されたひとりであり、 見捨てられた郊外で暮らしている。
彼は、アンドロイドと打ち解けるのだ。

そして、リックは仕事としてアンドロイドを確実にしとめていくのだが、彼の心は次第に変化していく 。
「きみはアンドロイドに魂があると思うか?」
これは、火星から逃げてきたうちのひとりである女性アンドロイドを仕留めたあと、リックが同僚に語った問いである。

アンドロイドとは何なのか、人間とは何なのか。
人間は生存競争に打ち勝ち、自分たちを頂点とした世界を作り上げるべく活動を続ける
その挙句の未来を舞台設定として、その世界にアンドロイドが存在する。
アンドロイドは人間たちが相容れないものとするものの象徴として配置されたのであろう
人間とアンドロイドは相容れないものなのか。

後半、リックは妻にこうつぶやく 。
「電気動物にも生命はある。たとえ、わずかな生命でも」
電気羊よりも本物の動物がほしい。
リックは稼いだ賞金で山羊を手に入れるが、最後に彼がたどり着いた境地である。


読んでいて「AIBO」を思い出した

以前、SONYの動物型ロボット「AIBO」の修理サポートが終了となるニュースを見た時のことを思い出す。ニュースでは、長年AIBOを可愛がってきた高齢の女性へのインタビューが流れていた。

女性はAIBOに名前を付け、サポートが終わることをひどく心配していた。彼女にとって、AIBOはロボットではなく、生きた動物なのだ。

人間は「感情移入」という能力を備えているにもかかわらず、往々にして尊大な態度で他者を排除する。そして、その能力は技術進化により、急速に退化しているようにも感じる 。しかし、著者が「感情移入」を人間固有の能力と指したのは、この世界を絶やさないためのヒントなのだと思う 。

今年の10月27日に新たに『ブレードランナー2049』として帰ってくる

※2017.06.17 追記
1982年版も当時の映像としてはかなり表現力が高い作品だったが、あれから35年経った現在の技術でのリメイクは楽しみだ。
公式サイトのトレーラーを見て今からワクワクしている。

映画『ブレードランナー2049』 オフィシャルサイト

アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫) フィリップ・K・ディック 感想